大阪高等裁判所 昭和62年(う)1288号 判決 1988年3月09日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年六月に処する。
原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。
原審における訴訟費用は、被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人松本俊正作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、原判決の量刑が不当に重すぎる、というのである。
所論に先だち、まず職権をもつて判断するのに、原判決は、「罪となるべき事実」第一として、被告人が、「別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、昭和五八年六月二〇日から同六二年五月二一日までの間四七回にわたり、他人の財物(合計一〇〇万六、〇〇〇円)を窃取し」た旨判示する一方、別紙「犯罪事実一覧表」として、本判決末尾添付の別紙と同一の一覧表を添付しているところ、原判決の右「罪となるべき事実」を添付の一覧表と併せ読めば、原判決が、被告人において、右一覧表の各「犯罪年月日」欄記載の日ころに、各「犯罪場所」欄記載の場所において、各「被害者」欄記載の者の所有、管理にかかる、各「被害金額」欄記載の価額担当の「財物」を窃取した旨の事実を認定したものであることは理解できるが、それ以上に、被告人が、具体的にいかなる「財物」を窃取したと認める趣旨であるのかが、判文上明らかにされていない。そして、窃盗罪の客体は、犯罪の日時、場所等とあいまつて、「罪となるべき事実」を特定する上での重要な要素であつて、これを、各被害金額欄記載の金額担当の「財物」と表示しただけでは、他に、犯罪の日時・場所、被害者について右一覧表記載の程度の特定がされていたとしても、具体的な犯罪行為を特定したことにはならず結局、原判決の認定した「罪となるべき事実」第一は、「罪となるべき事実」の摘示として不十分である。また、本件記録によると、被告人が各窃取したのは、各「犯罪場所」欄記載の場所に設置された自動販売機内の現金であることが明らかであるが、かりに、原判決が、「被害金額」欄記載の各金額と「罪となるべき事実」中の「財物(合計額一〇〇万六〇〇〇円)」という記載によつて、右「財物」が具体的には「現金」であることを認定した趣旨であると善解する余地があるという見解が成り立ち得るとしても、右一覧表の各「犯罪場所」欄には、当該場所の地番のほか、例えば、「マエダ車体工業西側空地」とか、「クリーンドライトップ駐車場」、「いずも庵西舞鶴店前路上」等の記載があるだけであり、また、「罪となるべき事実」中にも窃取の具体的方法の記載が全くないから、これらの記載のみによつては、被告人が、右各空地、駐車場、路上等から各現金を窃取したことになつて、右のような犯罪場所及び目的物の特殊性をも考慮すると、当該事実が、窃盗罪ではなく遺失物横領罪を構成するにすぎないのではないかとの疑いすら招きかねない。結局、本件においては、被害物件(客体)及び犯行方法の明示がなければ刑事訴訟法三三五条一項所定の「罪となるべき事実」の判示としては不備であるといわざるを得ない。従つて、原判決は、理由不備の違法があるものとして、破棄を免れない。
よつて、論旨に対し判断するまでもなく、刑事訴訟法三七八条四号により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に則り、当審において直ちに、次のとおり自判する。
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、昭和五八年六月二〇日ころから同六二年五月二一日ころまでの間四七回にわたり、右一覧表「犯罪場所」欄記載の各場所において、同所に設置された各自動販売機(各「被害者」欄記載の被害者管理にかかるもの)を、鉄製テコで開扉するなどして、「被害金額」欄記載の各金員(硬貨等)を窃取し、
第二 (原判決摘示の「罪となるべき事実」第二と同一であるから、これを引用する。)
(証拠の標目)<省略>
(累犯前科)及び(法令の適用)
原判決の「法令の適用」欄中「四七条本文」の次に、「別紙一覧表番号2の罪の刑に加重)」とそう入するほか、原判決が摘示し又は挙示するものと同一であるから、右のとおりそう入した上、これらを引用する。
(量刑の事情)
本件は、運送会社勤務の自動車運転手である被告人が、自車の走行沿線各地に設置されている自動販売機を、夜間、自車に積んである自作の鉄製テコでこじ開けるなどして、多数回にわたり高額の現金を窃取し、又は窃取しようとして未遂に終つたという事案であつて、犯行の手口が発覚しにくい巧妙なものである上、回数も多く、被害金額も一〇〇万円を超える高額に達することなどからみて、甚だ悪質な犯行であるといわなければならず、判示各犯行の一部が、判示前科と法律上累犯の関係に立つことをも考慮すると、本件が財産犯であつて、被告人の妻の努力により、所在の判明した被害者に対してはすべて被害弁償が完了し、本件による財産的被害は、ほぼ完全に回復されたこと、犯行の動機及び被告人の健康状態等被告人のために斟酌し得る情状を考慮に容れても、本件が、刑の執行猶予を相当する事案であるとは考えられず、主文の程度の懲役刑の実刑は、やむを得ないというべきである。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官野間禮二 裁判官木谷明 裁判官生田暉雄)
別紙
犯罪事実一覧表 (被害者名仮名)
番号
犯罪年月日
(昭和年月日ころ)
犯罪場所
被害者
(所有、管理)
被害金額(約)
1
五八・ 六・二〇
福井市成和一丁目三、三〇一番地
あおい商事福井インター中央給油所
A
三、〇〇〇円
2
右同
同市栂野町一九号七番地
マエダ車体工業西側空地
B
二〇、〇〇〇円
3
右同
同市成和一丁目八〇九番地
クリーンドライトップ駐車場
C
三、〇〇〇円
4
右同
同二丁目三〇八番地
越前そば敷地内
D
六、〇〇〇円
5
五八・ 七・一一
同市和田中町九七番一七号の一
中部モータース株式会社 駐車場
E
一五、〇〇〇円
6
五八・一〇・一七
岡山県浅口郡鴨方町六条院中二、九三〇番地
清水正十士方北側空地
F
一〇、〇〇〇円
7
五八・一一・一四
金沢市松島町二一番地
株式会社 松島屋百万石うどん店駐車場
G
五、七〇〇円
8
右同
同市神野町東四二番地
北陸のれん会館駐車場
H
一四、六〇〇円
9
右同
同町東七番地一
福井三則倉庫駐車場
I
三、〇〇〇円
10
五九・ 三・一八
兵庫県姫路市飾磨区三宅一丁目一四五番地
オートバックス姫路駅南店駐車場
J
一〇、〇〇〇円
11
五九・ 四・二六
広島県尾道市高須町西新涯四、九六二番地の三
尾道ニューボウル前空地
K
九、八〇〇円
12
右同
右同所同番地
喫茶「ぶりつこ」前空地
L
一〇、〇〇〇円
13
右同
同町西新涯五、六四〇番地の二
東亜工業株式会社 前空地
M
一〇、〇〇〇円
14
右同
同町西新涯五、五七五番地
株式会社 モンテカルロ尾道店駐車場
N
二〇、〇〇〇円
15
五九・ 八・二九
京都府綾部市戸奈瀬町家の後二八番地
上野果物店前
O
四〇、〇〇〇円
(以下16~47省略)